戦後の復興と共に…
玄海の歩みは九州・甘木出身の矢野廣雄が上京し、品川で最初の店を構えた事から始まりました。
今でこそ東京では日本全国、世界の郷土料理を食べる事ができますが、当時は九州の郷土料理の一つであった「水たき」を食べることは非常に稀でした。
また外食という習慣自体が非日常であったこの当時、訪れるお客様といえば政界人や文化人の方々が中心でした。
本店では今でもそうしたお客様をご案内するように設えたお座敷の客席と、着物の接客というスタイルを維持しています。
その後、戦争の影響を受けて新宿へ移転、その後の戦災により建物を消失するなどの試練の時代をすごし、昭和28年に再スタートを切ります。
この時から水たきに使用した鶏を供養する「鶏供養」を執り行い、食材に感謝する機会を設けていました。