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玄海の「食の未来」への取り組み

日本の食料自給率は37%。食べるものの6割以上を、私たちは海外に頼って生きている。農業人口は2022年時点で123万人。平均年齢は67.9歳。このまま20年が過ぎれば、担い手は30万人以下になると言われている。これは遠い話ではない。鶏肉の自給率は66%あるが、飼料のほとんどが輸入だ。もし飼料の輸入が止まれば、鶏肉の実質的な自給率は10%を下回る。私たちが日常的に食べているものが、明日には食べられなくなる可能性が、静かに積み上がっている。新宿で97年間、水たきを作り続けてきた玄海は、この問題を、他人事にできなかった。

福島・新地町。11年目の田植え

2011年の東日本大震災は、福島県新地町の農地を変えた。津波が去った後、耕作放棄地が広がった。誰も使わなくなった田んぼが、静かに荒れていった。玄海は、その田んぼを借りた。「玄海田」と名づけ、毎年社員を連れて田植えから稲刈りまでを行う。今年で11年目になる。2026年の出張には、社外のゲストも含む過去最高の21名が参加した。出張経費は約40万円。通常の営業日を1日休業にして、売上を捨てて向かった。田植えをする。腰が痛い。手が泥だらけになる。天候に翻弄される。それでも稲は育つ。そして、育てた人間だけが知ることのできる感覚がある。「食べることは当たり前ではない」この体感を、社員全員が持つこと。それがこの出張の本当の目的だ。目黒農園の方々と話す。耕作放棄地の現実を目の当たりにする。自然の偉大さと残酷さに触れる。食の安全保障という言葉が、教科書の話ではなくなる瞬間がある。収穫されたお米は、玄海の水たきの締めの雑炊などに使われる。お品書きにはこう書かれる。「福島・新地町の耕作放棄地に命を吹き込み11年守り続けた田んぼで育てたお米です」

鶏を、丸のまま仕入れる理由

玄海には食鳥処理の免許がある。この資格を持つ店だけが、鶏を「と体」――丸のまま仕入れることができる。部位ごとに仕入れる一般的な方法では、手に入らない部位がある。骨付きのまま水たきに入れる昔ながらの元祖水たきという引き継がれた水たきがある。骨のまわりからほどける旨みは、解体された肉では決して出せない。免許は、単なる資格ではない。鶏を余すことなく使い切る、という覚悟の証明でもある。玄海が長期プロジェクトとして開発を進めているのが、「玄海鶏」だ。国産飼料100%を使用した鶏のブランド開発。飼料を国産にすることは、飼料の輸入に頼らない食の安全保障への第一歩になる。食材ではなく「食財」として扱う、という言葉がある。財産として、大切に使い切る。食品ロスを出さない。生産者との信頼関係を長期にわたって築く。玄海が97年間続けてきたことの根幹に、この思想がある。

かすみ鴨に会いに行った

玄海は、養鶏場や野菜の産地、畜産、水産の生産者様など様々な産地訪問を実施し、直接その食財のこだわり、安全への取り組み、努力を学んできた。今年の福島出張の帰り道、玄海のスタッフはかすみ鴨の生産者のもとに立ち寄った。
ストレスフリーな環境で育てられたかすみ鴨は、自然な餌だけを食べて育つ。大切に育てられた命が、料理になる。その過程を知っているスタッフが、お客様に料理を出すことの意味は、知らないスタッフが出す料理とは、根本的に異なる。「調理方針をお客様に伝えることは、接客の責務だ」と玄海は定義する。決して配膳ロボットではない。人間だからできることかもしれない。食財の背景を知っているスタッフだけが、食財の背景を語ることができる。だから産地に行く。生産者と話す。動物の目を見る。それが、テーブルに着いたお客様との会話に、自然と滲み出てくる。かすみ鴨のガラを使った水たき。ゼラチン質の豊富な鴨のもみじが乳化したとき、どんな味がするのか。新たな可能性の芽。決してお店の中では生まれなかった芽。玄海は今、それを試みている。

日本酒「目黒」が生まれた

目黒農園の旗振りにより、日本酒が生まれた。目黒農園との連携で開発された日本酒「目黒」。東日本大震災で津波に飲まれ、田んぼを壊滅状態に追いやらた。海の塩分(ナトリウム)が過剰になり、それを除去するために綿花栽培を行い。ナトリウムを吸わせることで再生を図った。前向きに復興へ取り組み田んぼを再生させた仲間たちと、さらに1歩前へ歩んだ取り組みだ。酒米ではなく食用米でお酒を造ることにこだわった数に限りある限定品。ただのお金儲けではない。「なくなり次第終了」という事実が、この酒の価値になる。水たきの隣に置かれた一合の「目黒」は、ただのドリンクではない。どこで育ち、誰が作り、なぜここにあるのかを知って飲む一杯は、知らずに飲む一杯より、深い。

米粉が、自給率を変える。ライスシフトという選択

お米の自給率は98%。日本が誇る、数少ない「自給できる主食」だ。一方、小麦の自給率は約15%。パン、パスタ、うどん、揚げ物の衣。日本の食卓に欠かせないものの多くが、輸入小麦に依存している。ロシアのウクライナ侵攻が引き金となった小麦価格の高騰は、この脆さを誰の目にも見えるかたちで示した。小麦をお米に置き換えることで、自給率を上げる。この考え方を「ライスシフト」と呼ぶ。玄海の唐揚げは、米粉で揚げる。玄海の製菓が作るフィナンシェにも、米粉を使う。また、かき氷のトッピングに添えるクッキーも米粉だ。小麦粉をお米の粉に置き換えるだけで、グルテンを含まないためアレルギーへの配慮にもなる。グルテンフリーという食の多様性への対応と、自給率の向上が、同時に実現する。
農林水産省も、米粉の普及を食料自給率向上の重要な手段として位置づけている。一つの飲食店が米粉を選ぶことは、小さな選択に見えるかもしれない。しかし、その選択が積み重なれば、日本の食の構造が変わる。玄海田で育てたお米が雑炊になる。その米から日本酒「目黒」が生まれる。揚げ物の衣に米粉を使う。お菓子を米粉で焼く。食卓のあちこちで、お米が活躍する場所を増やしていく。それが、97年間食と向き合ってきた玄海の、静かな主張だ。このような取り組みは「大豆」や「養殖魚」などをテーマにしても取り組み始めている。

食べることは、選ぶことだ

どこで食べるかを選ぶことは、誰を支えるかを選ぶことでもある。玄海が産地に行き続けるのは、環境活動としてではない。食の未来は、今日の食卓から始まるという信念があるからだ。飲食店が田んぼを持ち、生産者と話し、命を知ってから料理を出す。そのサイクルが途切れなければ、食の文化は続く。2040年に向けて、玄海はビジョンを持っている。「国産国消」――国内で食べるものを、国内で賄える環境をつくる。資源を循環させる。食品ロスをなくす。水たき一筋97年のお店が、なぜそんなことを考えるのか。97年続いてきたから、次の97年のことを考えずにはいられない。それだけのことかもしれない。